下田へ行ってきました

下田といえば黒船!そしてハリスこんちくしょー!!(笑)
江戸好きへの30の質問
の中でも、江戸時代の中で、もっとも嫌いな実在の人物は? の問いに真っ先にあげてます、初代アメリカ総領事官・タウンゼント・ハリス!!
大君の通貨―幕末円ドル戦争」(佐藤 雅美著)にて描かれているハリスが、これはもぅ憎たらしいことこの上ないんですよ。(^^; 簡単に言えば、
日本と海外での銀レートの格差を利用し、大もうけして帰っていった
ということ。これを読んで憤激しました武之介。
「ふざけんなぁー!ヽ(`Д´)ノ」
とばかりにSTF(※1)を妄想世界で決めていたわけですが、ふと「ギブっ!ギブッ!」とマットを叩いて叫んでいるハリスを見て思いました。
「ハリスは、本当にSTFを決めなきゃならないほどの奴なのだろうか?」
と。(いや、もう妄想はいいって。(^^; )
これは実像を知らねばなるまいと思い、ハリスのことについて調べるならば下田へ!ということでGW中に行ってきましたよ。

※1 STF・・・ステップオーバートゥホールドウィズフェイスロック。これは効きます!
■下田におけるタウンゼント・ハリス
ハリスといえば下田。
そしてハリスといえば、出てくる話は唐人お吉(らしい)。
お吉さんといえば、ハリスの侍妾となったことにより、不憫な一生を終えた女性として有名です。唐人お吉物語として広く知られているくらいだから、さぞやハリスの評判は地に落ち、奈落の底へとダ~イブじゃ!うっはっは・・・かと思いきや、なんか全然評判が違うんですが・・・。(--;
好色爺とばかり思っていたハリスですが、どうやら敬虔なクリスチャンである紳士だったようです。彼の給仕だった者から聞いたという当時の記事があったので読んでみると
ハリスという人物がお吉のような女性を雇うような人には見えなかっただけに、お吉の件には愕いた。
と言っていたとか。
むむむむむ・・・なんか好色爺イメージが、いきなりガタガタと崩れ去ってるじゃないですか、うわっ!奈落の底からハリスが這い上がってきてる~!!(>o<)

ハリスの写真(白髭を蓄えて、いかにもいばってそうな顔のヤツ)がありますけど、どうやらあれば日本にくる前の写真みたいですね~。日本にきたときのハリスの写真は、もっと髭が長くなっていて、痩せていたものばかりです。(もしかしたら、日本でやつれただけなのかもしれませんが)あのいばってそうな写真も、ハリスこんちくしょー度合いを上げていた原因の一つかも知れません。は、這いつくばっているハリスの顔が変わってる!!(>o<)/

ハリスがもたらしたものとして、意外なものがあります。
当時、下田にいたハリスは、病にて床に伏せってしまいます。この時ハリスは、牛乳を調達するよう、役人に求めたそうです。当然のことながら、当時の日本においては牛乳を飲むなんて風習はありません。しかしハリスの求めたものは手に入れなければならない。役人達の東奔西走の結果、近隣の村から急遽、牛乳が届けられました。これ以降、毎日のようにハリスのもとに牛乳が届けられるようになり、牛乳配達というものが生まれたそうです。当時の記録にも、牛乳[*合*升]・・・*両*分*文 という費用の記録が毎日のように連なっていました。うぉぉー!ハリスが奈落の底から復活したー!しかも手には牛乳瓶が・・・。(※当時は牛乳瓶じゃなかったはずですが(^^; )

また、ハリスの日本における(下田)生活は、やはり大変だったようです。
文化がまったく違う国だから、それは仕方ないもの。
そんなわけですから、下田の玉泉寺内のハリスの部屋、ヒュースケンの部屋、寺自体などをかなりバリバリ改装(になるのかな?)していたみたいです。これまた当時の資料に、
ハリスの部屋 ・・・釘*本 *匁 
みたいな感じで、使った道具の細かい数とその費用がずらずらっと記載されていました。
また当時の日本がよほど寒かったのでしょうか?なんとハリスは、領事館にストーブを設置することまでやっちゃってます!!!玉泉寺には、そのストーブを作った跡が今でも残っているのには驚かされました。
うーん・・・なかなか面白いことをいっぱいやっちゃってくれてるじゃありませんか、ハリス君。私も仲間にイレテヨ。(-o-)

旅行に行く前は
「ハリスこんちきしょー」
なんてうたっていた武之介ですが、帰りの電車内では
「ハリスこんちきしょ????」
ってあれ?疑問形になってる・・・。
認識変わるの早すぎっ!!!私!(>o<)/
という状況になっちゃってます。まぁこれだけのことで、ハリス像を勝手に決めちゃっている私が悪いだけなんですけどね。それにしても調べれば調べるほど、「大君の通貨」のイメージから離れていってしまうんですよ。資料的なものからすれば、下田で得たイメージを尊重すべきなんでしょうけども・・・もう一度「大君の通貨」を読み直し、そして下田で購入した資料を読んで、更にハリスの「日本滞在記(上・中・下)」も読んだ上で、もう一度再評価する必要があるなぁ~と思わされました。

その他に面白かったことをつらつらと。

■陽気で気さくなオランダ人・ヒュースケン
ハリスは敬虔なクリスチャンということで、あまり気さくとは言いがたい人物だったようですが、ヒュースケンはそれとは反対に、気さくで陽気なオランダ人だったようです。
下岡蓮杖に写真術を教えたり、遊郭にも通ったりと、下田においても果敢に行動されてます。(^^; 特に彼の侍妾だったお福をかなり熱愛していたらしく、江戸出向の折には、彼女が当座の生活に困らないよう、お金を送っていたほどでした。お福は、お吉とは違って晩年は不憫な生活をしていなかったようです。同じ外国人に侍妾した女性でも、こうも違ってきちゃうとはなぁ。


■時代の先駆者・吉田松陰
下田の「開国博物館」に展示されていた「吉田松陰が入獄した際の供述書」がとても面白かった!!当時どういった状況で密航を企てたのか・・・ということが、吉田松陰の思いも付け加えて、克明に記されています。

簡単に表しますと
[1]幕府の役人達に見つからないよう、夜半まで隠れていた。
[2]舟で黒船に接近。調達した小舟には櫓杭がなく、褌や帯を櫓にくくりつけて、櫓をこいで近づいていったようです。
[3]最初の船に到着。しかしまったく言葉が通じない。手真似にて意思疎通を何とか図り、。他の船に行け!と手真似で指示される。
[4]指示された船に到着。日本語を話すことができるウィリアムなる人物を介して交渉するものの、松陰達の希望は受け入れてもらえず。
[5]密航を諦めて、陸に戻るが、役人達に捕縛されては恥じと思い、自ら出頭する。
ということだったようです。特に面白かったのが、ウィリアムとの交渉および会話の内容が克明に残っていること。たとえば
・どこから来た?
・下田まではどのくらいかかったのか?
・あなたはどういう人か?(書生と答える)
・書生とはどういうものか?
・アメリカに行ったら、何をしたいのか?
といった問答があったみたいです。
加えて、このウィリアムなる人物の日本語が早口だったので驚いたみたいな記述もありました。(^^

また松陰達の言葉が通じなかったという点についても面白いところです。まぁよく考えてみれば確かに頷ける話。当時彼らが勉強していた外国語はオランダ語のはず。そうなるとアメリカの英語とはまったく違うわけだし、通じないもの仕方ないかなぁ~と。しかしそこで諦めず、手真似にて意思疎通を図っているというあたりにも、松陰の並々ならぬ熱意が感じとれます。彼らにしてみれば、学んできたものがまったく役に立たないという驚愕だったわけですけど。
そして、松陰がつかまって入獄になった際に、弟子達への書置きを残しています。これがまたかっこよかった!!!その文頭に書かれた言葉に、とても感銘をうけましたね。
身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留置まし 大和魂
こんな言葉が残せる吉田松陰という人物についても、再評価の必要ありと強く認識させられました。(どうやらこの遺書ともいえる書き置きは、ちゃんと書籍化されているとのことです!一見の価値ありですね)


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Comment

[14]

旅行記を楽しみにしておりました。
何かハリスのイメージが変わってしまったそうで・・・(笑)。
小田原、鎌倉等も何か発見がございましたら
読ませてくださいませ。

[15]

武之介さま、ご無沙汰しております。
この旅行記、抱腹絶倒、実に面白かったです。
にっくきハリスが意外に紳士だったり、
松陰先生が結構おっちょこちょいだったり。
ちなみに、私は最近知ったのですが、
堅くてマイホームパパだった大久保利通に愛人がいた
(一力の娘・おゆう)というのにちょっとショックを受けました(~_~)
まあ、時代が時代ですから、いいんですけどね。
どういうわけか、先月から職場が紀尾井町のすぐ近くになりました・・
暗殺された大久保の霊が呼んでるのか、私の出身の尾張藩屋敷の
ご家老が呼んでいるのか・・
今の家は水戸藩屋敷の近くで、京都では映画村の近くに住んでいて
やたら三つ葉葵に縁があるようです。

[16]

>瑞閏殿
【武:】 旅行記といえるものではありませんが、ちょっとした写真などを掲載いたしましたので、よろしければ見てやってください。
ハリスのイメージは・・・変わったというよりも
「コンチクショー!」
だったものが
「コンチクショウ??」
って、疑問系な状態に。(^^;
>myungsoo殿
【武:】 アホな妄想入りの日記でしたが、楽しんでいただけたようで何よりです。(^^;
ハリスについては貴重な情報がいっぱいでした。(^o^)
松陰先生の場合は、おっちょこちょいといえば、一緒に密航を企てた金子重輔が、あわてて船を退散したため、船内に刀を残してきてしまい、とても後悔していたというくだりがありました。まぁこれを「おっちょこちょい」と決めてしまうのはかわいそうな気がしちゃいますけど。(^^;
大久保利通も実は大好きな武之介です。(^^

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Author:武之介(たけのすけ)
悪ノリ大好き!でも小心者ナンデス。
そんな武之介の内なる声を余すところなく書き殴ったブログ!
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